アダルトチルドレンは子ども時代に何を失ったのかを知ることが大事。

      2017/03/17

にほんブログ村

インナーチャイルドとは

 

インナーチャイルドとは、すべての大人の心の中にいる、内なる子どもです。本来のインナーチャイルドは、好奇心と感受性に満ちた直観力に溢れ、自発性に満ち、生命力の塊のような存在です。

 

アダルトチルドレンとは

 

アダルトチルドレンとは、子ども時代の痛みを抱えたままおとなになった人のことです。

成長する途中で心に傷を負い、本来のインナーチャイルドである「自然な子ども」が、「傷ついた子ども」の奥に隠れてしまっていまる状態です。アダルトチルドレンは、これ以上傷つかないように、感じないふりをしたり、自分の気持ちを抑えたり、誰にも助けを求めず自分だけで何とかしようとする、「コントロールする子ども」を身に着けて、心を閉ざして自分を守っているのです。

「自然な子ども」を生きることが出来なかったことが原因ですので、アダルトチルドレンの克服には過去の痛みの正体を知ることがとても重要になります。

 

 

何を喪失したかわからない

 

私たちACは心の中に慢性的な喪失を抱えています。けれど、自分が何を失ったのか、はっきり気づいていません。そこにあるのは漠然としたむなしさ、何かが足りないという感じ、今の自分ではダメなのではないかと言う不安です。

この漠然とした喪失感をなにか別のもので埋めようとしたり、必死で大丈夫なふりをしてみてもむなしさは消えません。私たちに必要なのは、自分が何を失ったのか、その正体を白日の下にさらし、さらにそれを言葉にすることです。

その前に、どうしてこんなに長い間、自分が抱えている喪失の正体がわからずにいたのか、その理由を知る必要があります。私たちが育った環境は様々です。親の依存症や浮気、家族間の激しいいさかいのなかで混沌とした時代をすごした人もいます。ろくに世話してもらえずに育った人もいれば、身体的虐待や性的虐待を受けて育った人もいます。息が詰まるほどの厳格な家庭、身内で誰かを無くして死への恐れや悲しみが蔓延している家庭、人に言えない秘密を抱えている家庭など。どの子どもにも共通するものがあります。

  • 否認
  • 孤立
  • 硬直性
  • シェイム

これが真実を見えなくしていたのです。

 

否認

衝撃に耐えられないと感じたとき、起こったことが恥ずかしくてたまらないとき、人はしばしば否認と言う手段に頼ります。否認が存在するとき、人はそのことへの感情を大したものではないかのようにあつかったり、切り捨てたり、理屈を付けたりします。

否認のもとで育つということは、「話すな」「感じるな」「信頼するな」というルールを教え込まれることです。私たちは子ども時代に、本当のことを話すのはまずいと学び、実際とは違うふりをすることを身につけたのです。自分が見たり聞いたりしたことを否定され、無視されたかもしれないし、思ったままを口にしたら罰を受ける恐れがあったかもしれません。話したってどうせいいことは無いと絶望していたかもしれません。あるいは真実を口にしたら大事な人を裏切る結果になると信じていたかもしれません。こうしたルールのもとで育った子どもは、話せば聞いてもらえるという信頼感を培うことが出来ません。

否認のもとで育ったということはいまも否認に陥りやすいということ。それも無意識のうちに。

私たちは自分が感じたことや受け取った物事を、大したことではないと考えてしまいます。自分で自分を傷つけるような行動に、何かの理屈をつけます。今も私たちは、自分は怒っていないし、がっかりしてなんていないし、傷ついてもいないと言い張って、本当の気持ちを隠しているかもしれません。実は大事なことなのに、こんなことぐらい、と自分に言い聞かせてしまうのです。

私たちは真実を語っていません。何年もの間、感情を切り捨てたり、大したことは無いふりをしたり理屈をつけたりすることばかり学んできたのでおとなになってもそれが普通のことになってしまっているのです。

思い出してください。

あなたが育った家庭のことをじっくり振り返ってどんなことなら抵抗無く口に出来たか、リストを作ってみてください。オープンに話すことがためらわれたことのリストも作ってみましょう。

 

孤立

私たちが情緒的な孤立の中で生きることを身につけてしまったのは、本当のことを話せなかったためです。

家庭内での情緒的孤立は家の外でも孤立をもたらすことが多いものです。私たちは自分の痛みや家族の痛みを他人に知られまいとします。もし他の人が知ったらどんな反応をするかが不安なのです。そして大人になってもぽつんと一人でいたり、あるいは本当の感情や考えを隠が私たちを孤立させるため、一見社交的に振舞っていても、それは表面的なものに過ぎないのです。

思い出してください。

あなたが他の家族に対して感じていた親しさや、あるいは距離感を、絵に描いてあらわしてみましょう。

 

硬直性

厳しすぎる家庭では、親たちはしばしば独善的で硬直的な考え方をします。「物事は常にこうあるべきで、例外など無い」というわけです。権威に逆らうことは決して許されず、子どもは親の意見や考えに黙って従わされているだけなのです。家庭での決まりごとも、子どもに課される役目も正当性を欠いていて、親は子どもにあまりに非現実的な期待をします。

子どもが健康に育つためには「ほどほどの秩序」と「ほどほどのいい加減さ」が必要です。毎日が危機の連続であるかのような混沌とした家庭には「ほどほどの秩序」が存在しません。逆に厳格すぎる家庭では、「ほどほどのいい加減さ」が失われ、○○すべきという硬直的なルールが支配しているのです。

けれど硬直性は厳格な家庭だけにあるのではありません。家族の誰かが飲酒やギャンブルなどの問題を抱えていると、他の誰かがその問題を何とかしようとして、硬直的なルールをつくり出します。「問題を外に漏らしてはいけない」というルールかもしれないし「常に努力して正しくあるべきで、問題を起こす人は間違っている」と言う考え方かもしれません。あるいは、家族全員が父親を怒らせないように神経を研ぎ澄ますと言う暗黙のルールが出来上がる場合もあります。混沌とした家庭でも、子供の心の中には「どうせ誰もわかってくれない」「我慢するしかない」と言った硬直的なルールが作られます。

硬直したルールのもとでは、自分から進んで考えたり行動したりすることが許されず、自分なりの価値観を育てることも難しくなります。そこには「話すな」に加えて「質問するな」「考えるな」のルールがあるのです。

そして、大人になっても融通のきかない考え方をすることが多くなります。他の選択肢が思いつかず、これしかないと信じ込んでしまうのです。

思い出してください。

あなたが硬直的なルールのもとで育っていたら、それはどんなルールか、自分にどんな影響を及ぼしてきたかを書き出してみましょう。

 

シェイム(自己否定感・恥辱感)

シェイムとは、自分はもともとどこか間違っているんだと信じ込んでしまう。痛みに満ちた感情です。自分自身や自分の一部が欠陥品で、できそこないだと思い込んでしまうのです。

こうした自己否定感や恥辱感の中で生きると言うことは、自分を人からかえりみられない存在だとみなすことであり、仲間に入れてもらう資格が無いと感じることです。そうやって私たちは、自分は一人ぼっちで、人とは違っていて、愛される価値が無いと信じ込んでしまうのです。そして心の中で自分が悪いんだと思っています。どんな至らぬところも、すべて自分のせいだと言うわけです。

この感情の根っこを探っていくと、たいていの場合、そこには親から拒絶された体験があるはずです。「こっちへ来るな」「そんなダメな子はうちの子じゃない」とあからさまに拒絶された人もいるでしょうし、親の忙しそうな背中や、悲しそうな態度によって拒絶されていることを感じ取った人もいるでしょうし、何かを話そうとしても関心の無い態度を示されたり、必要なときに助けてもらえない、といった体験も拒絶になります。親がそのつもりであろうと無かろうと、子どもは自分の価値や見たこと聞いたことを確認できず、無視されていると感じ、大事にされていないと受け取るのです。これが自己否定感の根っことなります。

とはいえ人は、自分の傷を小さくみなしがちです。

「私なんて大して傷ついたわけじゃない。もっとつらい思いをした人や、自分よりさらに苦しんで生きている人はいるでしょう。でも、誰かの不幸があなたの喪失を帳消しにしてくれるわけではないのです。あなたの痛みは、あなた自身のものですから。「これだけの量の苦しみを経験しなければ、癒しの許可証が得られない。」なんていうことはありません。

あなたが痛みを感じているなら、あなたは癒されるに値します。癒されるためには、自分の喪失にきちんと目を向けることが大切です。

 

失ったものの正体

 

否認・・・率直さ、正直さ

孤立・・・情緒的なつながり、信頼感

硬直性・・・柔軟で自発的な選択肢

シェイム・・・自己価値

 

必要な喪失とそうでないもの

 

人は生まれたときから両親のもとから離れていくたびが始まるのですから、どんな人でも人生に喪失は自然なことであり、必然で避けがたいものです。それと引き換えに私たちは強さや健全さを育てていくことが出来るのです。

ペットが死んだり、大事なおもちゃが壊れたり、仲良しの子が引越ししてしまったりというのは自然な喪失です。けれどいかにつらくても両親の腕に抱かれていれば痛みは和らぎます。けれど問題を抱えた家族では、こうした支えが得られなかったり、感情を表すことを禁じられたりするのです。泣くのはダメ、「子供みたいに」ふるまってはいけないと言い聞かせられることもあります。

子どもが自然な喪失を経験し、親からのサポートが得られたときは、悲しいけれど同時に、愛されて、安全であることを感じます。サポートが得られないとき、子どもは悲しみを感じると同時に、愛されていないと感じ、見捨てられていると感じるのです。つまり不必要な喪失を生み出す体験は「見捨てられ体験」と言い換えることも出来ます。

 - アダルトチルドレンとは , , , , , , , , ,